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新潟地方裁判所 昭和49年(ワ)299号 判決

原告

岡田五郎

右訴訟代理人

平沢啓吉

被告

株式会社

トーメン

右代表者

武内俊夫

右訴訟代理人

今成一郎

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、原・被告間には、本件機械を目的とする原告主張の内容を契約の骨子とする甲第一号証による所有権留保付機械割賦販売契約書が存し、これによれば、形式上は明らかに原告が買主で被告が売主であることは疑念の余地がなく、契約締結の動機も原告が印刷業を営む関係から、営業の伸長に伴い厚紙(ボール)用多色刷印刷機械の購入を必要としたことに基づくことが明瞭である。

右売買につき被告が「つけ商売」であると主張するので検討するのに、〈証拠〉によれば、被告が多種商品を取扱う総合商社であり、本件機械の上記販売契約を担当した新潟支店において、産業機械、工作機械の販売につき被告のいう「つけ商売」をなすことがあり、右行為は実質的な売買の実行担当者間で契約の目的物、価額、支払方法、納入時期等内容の諸条件を定めたうえで、購入資金の金融面による助力を得んがために被告の関与を乞い、被告がこれに応じて実質的な売主から目的物件を買受けてただちに実質的な買主に転売する行為をいうとするのであるが、このような手順を踏むのはあくまでも形式であつて、当事者が達成しようとするのは財力のある被告の参加によつて多面的契約の様式下に売主には売渡商品の代金の決済を早からしめ、買主には長期で割安な割賦金の支払をもつて高額な商品の入手を得させることにあり、通常の意義における売買とは代金支払の定め方にも相違があり、ことに売渡した目的物件の履行責任や瑕疵担保責任は、商社は負わないとする慣行を基とした取引である旨の被告側の態度決定及び右関連業務担当者の認識に基づいて実務が運営されているのであり、実質上の売主であると主張される訴外長岡機材との間では、現に同様の形式による印刷磯の多数事例の契約取扱の前歴があり、長岡機材の関係者は十分にこの種の取引に習熟していること、原告もまた本件契約に先立つ昭和四七年三月の印刷機の購入に当つて長岡機材との契約に関して被告の関与を得たもので、同種取引上の経験により本件機械につき上記のような目的から被告の関与を得る意義については知悉していたこと、が認められる。そして被告が商社として自ら関与する行為の経済面における機能を右のように正確に把捉していることは、当裁判所としても十分に理解できる。

しかし、〈証拠〉によれば、本件磯械の被告の関与した契約の内容としては、目的物件の価額を代金八五〇万円と定め、内金二五〇万円は従前原告が使用していた印刷機を下取するのでその相当価額を充てることとし、残金六〇〇万円については、これに対し金利九二万円を加算して昭和四八年八月より昭和五一年七月まで三六箇月の長期分割方式によることと定め、金利の割合は日歩金二銭八厘としている反面において、長岡機材との間では、代価は金七八一万三〇〇〇円と取極め、同社に対して被告は小切手により金四九九万二〇〇〇円を支払い、前記下取機械は長岡機材に被告が下取価額同額で売渡したこととして、差額は手数料として徴したこととしており、かくして全体として観れば、被告は本件機械の売買に関与することにより中間者として相応の手数料と金利を徴していると窺い得るから、かかる取引における計算の仕方及び内容に照らして考えると、一般的には経済面における機能と法形式との間の乖離・背反ということは起り得るし、法形式に依拠して事を決するといつても単純なる売買のみが通用するという訳ではないが、本件では通常認められるような内容と実際的効果の相違が想定できるだけであつて、他に特段の事由が備わる訳でもないから、被告の行為は実際には売買ではなく、従つて売買に伴う法律上の責任は全部免れるのであるとするには、更になお足りないものがあるというのが相当である。要は、右のような契約に被告が参加した時点で、被告が双方当事者との間で、形式としては被告が買主となり更に転売することとするが、右の採用した形式は仮託のものに過ぎず、かかる形式を採ることに基づく法律上の制約は契約当事者各自が明白に除外する意思であり、それに代えて定められるべき行為及び責任の規範は明瞭に認識され、そして各当事者の意思が確定的合意の上でも相互に確認されていた事情があるか否か、またその内容いかんにかかることである。そして客観的に見れば、当事者がそれに依拠することを選んだ実質的意味が、形式の拘束を強調すれば全面的に破壊覆滅されるのであれば別であるが、そうでなければ、当事者が自ら進んで定めた形式を責任の議論される段階に達するやたちまち棄てて顧みないというのでは、余りにも責任の本質を忘れた態度であるといわなければならない。ことに高額商品の売買に関係する場合に、法律知識にも詳しく且つ各方面の検討も尽した契約条項を用意選択している総合商社としての被告の立場で、かような便宜的な主張をすること――は到底許されることではない。ことに前後の同種の契約にかかる関係書面を対比して見ると、本件契約では他の印刷機割賦販売契約におけるとは異なつて、長岡機材は買主の連帯保証人となることすらなかつた事実が認められる訳であつて、原告と被告間で直接の法律効果は前顕甲第一号証により端的且つ十分に検討し尽されているといつてよいと思われる。

しかし、本件では目的物件の引渡がなかつたとされているから、更にこの点を検討するのに、〈証拠〉によれば、本件機械の引渡がなされなかつたのは事実であること、もつともそのことは本件機械の持込者である長岡機材との間では原告も諒解済であつて、下取機械を被告より搬入を受ける立場にもある同社としても、原告との間で、本件機械の納入があるまでは、下取に宛てる機械の使用を認め、むしろ提供の義務を負つて契約の交渉に及んだこと、一面では、本件契約において納入時期については、単に漠然と昭和四八年七月とだけ定められていて、日限を定めることをせずとも契約書面としては足りるとしたこと、被告の担当者である鈴木雅夫はかかる定め方を別段異と理解しなかつたこと、但し同人としても七月末日に至る間に、又はこれに次ぐごく短期間の内に約定の本件機械が円滑に引渡されるであろうことを予測し、予定していたものであると十分に解し得ること、を認めることができる。〈証拠〉中本件機械の納入・受領を確認したとする関係部分は信用せず、また乙第一号証中に受領日が全く空白になつているのは、同種事例における被告宛の受領書もそうであることに照らして特別の意味はないとする被告の主張も採るに値しないと認められる。従つて、たとい、受領書を何らかの理由で作成・提出したからといつて、事実においては買受物件の引渡がないことに変りはないから、右の事由で契約上の債務不履行を原因として本件機械の販売契約を解除するとして、法律上解除権の行使を主張するのが許されないとする訳にはいかない。

二被告は原告が代替機械の納入を受けたから、売買契約上の義務は果されていると主張する。〈証拠〉によると、原告は本件機械を買受けるとの上記割賦販売契約を締結した後、約定の商品の納入を待つていたが、予定した昭和四八年七月末日までに納入はなく、なお同年八月末を過ぎるも同様であつたので、やむなく同年九月に入つてから、本件機械の所在を尋ねるため上京し、かたがたその途次に埼玉県大官市内や同所の近辺を尋ね歩いたこと、しかし、右努力も空しく、尋ねた先の関係筋から本件機械は中古の物件であつたためオーバーホールのため工場に入庫中である旨告げられるだけで、遂に要領を得ぬまま帰社することになつたが、その際埼玉県蕨市内の高橋機械において代価約金一五〇万円の秋山製手出単色半自動印刷機一台(但し原告はこれを株式会社浜田精機鉄工所製単色オフセツト、略称菊全ハマダという)を見出し、右印刷機を長岡機材の取扱形式により購入し、同年一〇月初頃には搬入を受けたこと、右機械の売買については長岡機材、高橋機械間では同年一二月二一日をもつて取引完結されていること、を認めることができる。しかしながら、右証拠によるも、右機械の購入につき被告が関与した事跡は全く認められないから、右機械の受領により原告が本件契約の遂行により予定した仕事の何分の一かを処理し得たとしても、元来被告には無関係な事項にわたるから、さきに認定したような被告の売買契約上の地位において原告に対し負う義務と責任に改変があるべき道理はないといえる訳であつて、被告のこの点の主張は明らかに理由がない。

三そこで信義則違反、権利の濫用の主張について検討する。

被告が原告の解除権の行使、その結果としての原状回復義務の履行としての本訴請求につき信義則違反、権利の濫用を主張する事由のうち、原告が受領していない本件機械の受領証を作成提出したこと、原告がつけ商売の事情を知悉していたこと、については既に上に認定を示したとおりの事実関係である。

右受領証提出後の原告の態度について更に検討することとする。〈証拠〉によれば、原告は上記のとおり本件機械の納入期限の到来したにも拘らず納入がないことから、昭和四八年九月に入るや本件機械の所在を尋ねて探索に出た後、同月末頃にはオフセツト印刷技術に精通している訴外深沢正樹を雇入れることまでしたのであるが、その頃原告は高橋機械より同社所有の中古で格安の印刷機一台を、これも長岡機材関与の形式により購入したこと、そして右高橋機械より右印刷機を購入するや、原告はそれまで使用していた印刷機で新に購入したものより品質及び価額面で優れたしかも本件機械の契約上被告との間で下取機械と定めた別紙目録記載の印刷機一台を長岡機材を通じて高橋機械に譲渡してしまつたこと、右の処分について原告は長岡機材と共々被告に対して何らの通知連絡等のことをしなかつたこと、ところで原告は、被告に対し原告主張のとおり本件機械割賦金を約定どおり昭和四九年六月に至るまで約束手形の決済なる方法により支払つたのであるが、たまたま同時期(六月二五日)に長岡磯材が倒産しなかつたとしても、右時期に手形の決済を止めるに至つたであろう格別の事情は見出し得ず、場合によつてはむしろ完済にまで至つたであろうとも原告の意思を推認できないこと、即ち昭和四九年五月には原告は被告新潟支店扱で更に高額のオフセツト印刷機一台を代金一一五〇万円をもつて購入する旨契約し、これには下取機械の取扱はないのであるが、右契約時に本件機械の未納入の事実は何一つ言及されることなく終つたこと、また長岡機材との間で原告は前記手形の決済資金を一、二回融通して貰つたことがある旨一部において自認するが、右のような事情からすると、原告は長岡機材との間では本件機械の代金については、結局は機械の未納入の事実は不問に付し、その負担は一切を長岡機材に帰することとする明確なる合意をしていたものと断定できること、他面では、原告は本件磯械の購入に先立つ昭和四七年三月二一日の被告との契約に関しても、契約所定の条件を被告の関与を全く除外して長岡機材との間でほしいままに変更してしまつた事実があること、を認めることができる。〈証拠〉中、第三回目の契約時に被告の担当者である鈴木雅夫に対し本件機械の納入は未履行である事情を述べた旨の関係部分は全く信用しない。

さて、およそ契約に基づく権利の行使と義務の履行は信義誠実に行わなければならない原則があることは法律に明文のあることであるが、商人間の売買にあつては、計算の危険の排除・取引の安全のために、法律は最低限度の若干の拘束規定を置き、商人に対し危険予防のための瑕疵の通知義務(商法第五二六条)を課したり、事後における簡易な法律関係の形成を図らんがために確定期売買における解除の擬制(同法第五二五条)をなしたりしている。これは商事売買の特質を考慮した規制である訳であるが、当事者の利益を常時適切に法が保護するためには、反面において行為当事者の双方に対して日常の相互的な協力義務を課すると共に、各自が条理と商慣習に基づき適正な行為をなし、また常時合理的な相手方の信頼を破ることがないよう要請しているものといつて差支ないであろう。そしてかような行為への要請は、要するに当事者の特性、行為の理性的判断に結びついているのであるから、商行為法における信義則の一発現といわなければならないと思われる。本件では、約束手形を多数回の支払につき買主が発行しており、その支払時期は各月末日とされていて、売主としては売渡した商品が何らかの事情で引渡に故障があれば、当然に買主において苦情をいうなり、最終的には手形金の支払拒絶に至るであろうと合理的に解釈処置できる場合であるのに、売買の物件が中古の印刷機械であり若干の納入の延引が見込まれ得ないではないとしても、支払期日の一を経過するも引渡がなかつたのに原告からは何の異義を聞かされることがなく、売主側においてかかる事態を知る由もないのに、更にその後の支払期日の二、三を過ぎても未納入の事実について原告は被告にこれを告げることは一切しないばかりか、その逆に原告は引続き多数回にわたり手形金の支払をなすことに極力奔走し、その一方では原告は被告との間で下取物件に特定した使用中の印刷機械を被告に無断で他に処分してこれを意に介せずにおり、これに反し、被告は契約の当初において長岡機材に対し本件機械の入手代金は全額を支払済であり、しかもそのことは原告も了知済であつて、かような状況下に長岡機材が倒産したからといつて、かかる機縁を把えて原告が被告に対し本件機械購入の契約を解除するというのでは、解除権はあり得るとしても、その結果は著しく不均衡に被告を害することになり、上記信義則に照らせば、むしろかかる権利行使は許されないといわなければならないのが至当である。原告が被告の信用力に全幅の信頼を置き、契約上の引渡義務の履行を長時間待つていたといつて弁じ尽される性質のものではない。従つて、かような事態における当事者間の利害はむしろ原告において被告に対しては契約の解除権を拗棄した場合に準じて事後の関係の調整を図らせるのが妥当である。

従つて、被告の抗弁は信義則違背の点で理由がある。〈以下、省略〉

(岡山宏)

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